2014年09月

2014年09月06日 またまたコピペですが・・・。 分析が面白いので載せてみました。

 
『他人を攻撃せずにはいられない人』から、他人を攻撃せずにはいられない5つの理由を紹介します



1. 他人を無価値化したい


他人の価値を低下させれば、自分とは異なる考え方や見方を排除することができるので、自分のライフスタイルに疑問を感じなくてすむ。結局、価値があるのは自分自身のライフスタイルだけだというふうに思い込んで、そこに安住していられるわけである。
おまけに、他人の意見や批評の価値を一切認めなければ、その影響を受けずにすむというメリットもある。それゆえ、自分の能力に不安を抱いていて、自信のない人ほど、他人を無価値化して、自分自身の価値を保とうとするのである。
P.109他人の価値を下げれば、相対的に自分の価値が上がるというわけです。

それが本人の安心につながるのですね。



2. 自分とは異なる価値観を受け入れられない


自分自身の考え方や価値観を唯一最良の基準として他人に押し付けたり、自分の知識や教養をひけらかしてそれを身につけるのが当然という態度で接したりするのも、攻撃欲の強い人がしばしば用いる手法である。
こういう人は、他人のものの見方など一切考慮せず、「説得のための説得」のような印象を与える。権威に頼ったり、脅したり、怒ったりしながら、自分の価値観を何としても相手に認めさせようとするわけである。
相手がなかなか受け入れないと、そのせいで傷ついた、不幸になったというふうに被害者のふりをしてでも、自分の価値観を押し付けようとする。これは、自分の好みや意見、ものの見方や考え方などが普遍的で、誰にでも適用しうると確信しており、それを相手も共有するのが当然と思い込んでいるからである。

P.110こういう人は、異論があるかもしれないなどということは想像もつかないようである。自分が好きなものを嫌いな人がいることも、理解できない。まして、自分が嫌いなものを好きな人がこの世に存在するなんて、論外というわけである。
もちろん、頭ではわかっている。だが、心の奥では受け入れられない。

P.111海外では様々な民族が一緒に住んでいることが多く、「多様な価値観がある」という共通認識があるが、日本人は「みんな一緒が当たり前」という意識が強い、と本で読んだことがあります。

そのため、「自分がこう思うんだから、みんなも当然そうでしょ」「みんな同じじゃなきゃおかしい」となってしまうのですね。



3. 自己愛の塊


もともと、他人の考え方も、選択や行動の自由も認めていないような場合もある。他人には、自分と同等の価値を見出だせないからである。いわば、自分が一番大事で、自分が誰よりも優れており、自分が正しいと信じ込んでいるような「自己愛の塊」である。こういう人には何を言ってもムダだと周囲が身をもって知る と、誰も反論や説得をしなくなる。そうなれば、攻撃欲のある当の本人にとっては居心地の良い状態が続くことになる。

P.115良く言えば「自信がある」ということでしょうか。

しかしこのように度が過ぎれば「裸の王様」になってしまうでしょうね。



4. 傲慢さと傷つきやすさ


他人の領域に土足で入り込むようなことも、攻撃欲の強い人はすることがある。(中略)
考え方や生き方、好みや対人関係、さらには人生における重要な選択や決断といった精神的な領域にまで口出しするようになる。(中略)
こ れは、これは、自分は重要人物で、そのへんの奴とは違うと思い込んでいる傲慢さのせいだが、同時に、自己愛が傷つきやすいことにもよる。この自己愛の傷つ きやすさを、自分ほど偉いものはいないという傲岸不遜な態度で覆い隠そうとしていることが多く、できるだけそこから目をそむけようとしているようだが、ふ と顔をのぞかせることがある。
こういう人は、ターゲットを、自分自身の延長もしくは道具、人間以下とみなしがちである。実際、家庭では子供、職場では下っ端の領域を侵害することが多い
。(中略)
しかも、自分のやっていることが迷惑をかけるのではないかという想像すらできない。「相手のため」と正当化する達人だからである。第一、侵害されたくない「秘密の花園」のような領域が誰にもあるということがわからない。

P.117特に子供の領域に踏み込んでしまう、というのは親ならやってしまいがちではないでしょうか。

どこまで介入すべきかは難しいところではありますが、冷静に考えてみると「相手のため」ではなく「自分がそうだと安心」という場合もあるのではないでしょうか。



5. スッとするために正義を振りかざす


インターネットは、誰かの誹謗中傷にあふれた世界である。(中略)
最近特に増えているのは、「正義」を振りかざして相手を追求するやり方だ。たとえば、芸能人の家族が生活保護を受給しているということを知るやいなや、「けしからん。この税金泥棒!」といった具合に相手を攻撃する。(中略)
当時攻撃していた人たちの目的は、社会問題の根本的解決にあったのではなく、自分の攻撃欲を満たすことにあったのではないかと思われる。
実際、この騒動が収まると、次は芸能人の不倫騒動、人気アイドルの男性との交際騒動と、攻撃ターゲットは目まぐるしく変わっていった。(中略)
他人の悪を叩いた人は総じて次のような快感を得たのではないだろうか。
「悪を叩いてスッとした。楽しかった」
なぜ悪を叩くとスッとするのか。それは悪を叩くことによって、「自分には悪がない」というふりをし、自分自身の悪を否認できるからである。

P.137まさに「自分のことは棚に上げて」言ってしまうこと、ありませんか?

まぁそれを言い出したらもう、何も言えなくなりそうですが(笑)、しかしSNSであれば何かコメントする前に、冷静に「これは何の目的で発現するのか」と考えられると良いですね。




まとめ
他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書)
片田珠美 著 PHP研究所 2013-11-16


本書には「攻撃欲」の強い人にどう対処すべきか、衝撃的な方法(笑)が書かれています。

しかし、どちらかというと「自戒」のために読んでみることをオススメします。

「私は他人を攻撃なんてしない」
今そう思った方こそ、その傾向があるかもしれませんよ。  との書評でした。



honkab2 at 12:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)♪♪ログマスター002・ムーミン阿部のつぶやき 

2014年09月06日 コピペですが、「健康とは?」を考えさせられますね。

70歳超の54%が服用の降圧剤 死亡リスク10倍に高まる結果も

2014.09.05 11:00
 
 

「血圧147は健康なのか」──医学界を揺るがした「健康基準値論争」について、70万人を対象とした大規模調査を行なった医学者が新たな問題提起をした。その核心を解説する。

  きっかけは週刊ポストの特集記事だった。


 「『血圧147は健康』で『病人1800万人減』のカラクリ」(5月2日号)

  人間ドック学会が4月4日、150万人の人間ドック受診者のうち、健康な状態にある約1万人のデータをもとにはじき出した新しい「健康基準値」を発表。その新基準値について取り上げた本誌記事が大きな反響を呼び、他のメディアも特集を組むなど、健康基準をめぐる大論争に発展した。

 
「健康基準値」とは、血圧やコレステロール値などの数値が、ある一定の範囲内に収まっていれば「正常」、逸脱していれば「異常」と判定する際の基準となる数値のことだ。人間ドック学会の新基準が話題を呼んだのは、それらの数値が既存の基準に比べ、大幅に緩和されたからだ。


  ところが、その新健康基準はその後、他の学会からの猛抗議を受けることになる。

 <本当に「正常」といえるか不明であり(中略)一部には「要再検査、要治療」が含まれている>(高血圧学会)

 <人間ドック学会の「基準範囲」は日本国民の健康に悪影響を及ぼしかねない危険なもの>(動脈硬化学会)

  などと、既存の基準値を定めてきた各学会の逆鱗に触れたのだ。


  そうした圧力の前に、人間ドック学会は「あくまで健康の目安であり、病気のリスクを示したものではない」と、すぐさま尻尾を巻いた。


  そのまま押し切られるかに見えた「健康基準値論争」に待ったをかけたのが、大櫛陽一(おおぐし・よういち)・東海大学医学部名誉教授である。


  大櫛教授は、いまから10年前の2004年、日本総合健診医学会シンポジウムのなかで、全国約70万人の健診結果から、日本ではじめて男女別・年齢別の「健康基準値」を発表した第一人者だ。


  今回の人間ドック学会の調査のまとめ役といえる研究小委員会学術委員長を務めた山門實(やまかど・みのる)・足利工業大学看護学部長とは、かつて共同研究を行なった間柄でもある。


 大櫛教授は過去の自身の研究成果や欧米の最新論文などをもとに『「血圧147」で薬は飲むな』(小学館刊)を緊急出版し、健康基準についての考え方を世に問うた。  発売早々、大きな話題になっている本書だが、なかでも注目を集めているのが、本書に収録された大櫛教授の70万人調査をもとにした「新『健康基準値』一覧表」だ。それを見ると、現行の基準とは大きくずれていることがわかる。



  たとえば60〜64歳の男性の場合、血圧は164までが「正常」で、悪玉コレステロールとして知られるLDLコレステロール値についても183までが「正常」となっており、120以上を「異常」とする現行の基準とは大きくかけ離れている。

 「現基準値は性別も年齢も分かれていない項目が大半ですが、欧米の複数の調査研究では性差や年齢差でさまざまな疾患に対するリスクが異なることがわかっています。たとえば米マサチューセッツ州フラミンガムの住民を追跡調査した研究では、男性と女性、かつ5歳刻みで心疾患に対するリスクが異なることが明らかになりました。


  日本では強引に一つの基準にすることで、本来は健康なはずの人が『病気』とされ、無駄な薬を飲まされている危険性があるのです」


  その典型が降圧剤だという。

 「降圧剤で少し前までよく使われていた『Ca拮抗剤』に関する無作為化試験(客観的に治療効果を評価することを目的とした研究試験)では、急激に血圧を下げたグループは、少しだけ下げたグループと比較して、死亡率が1.4倍上がったという結果が出ました。


  私たちの研究でも180/110以上という血圧高めの方たちのうち、降圧剤を飲まなかった人たちと、降圧剤で160/100未満まで血圧を下げた人たちを比較したところ、薬を飲んだグループの死亡リスクが10倍に跳ね上がったという結果が出ています。


  このような降圧剤のリスクは世界では常識とされていますが、日本だけはすさまじい勢いで服用されており、厚労省の平成24年『国民健康・栄養調査報告』では70歳を超える人では54%が服用しています」


※週刊ポスト2014年9月12日号

 




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